虚空書庫

にんげんになりたい

あわれみという上から目線

私の祖母の口癖は「かわいそうに」です。

世話焼きで優しいのですが、度々添えられる、誰かへの、かわいそうに、という言葉。何か引っかかってました。

私も百万回ぐらいカワイソウがられたので、その度にモヤッとしていました。

そりゃー、あんまり順風満帆ではなく、体面だけ親のために取り繕いつつ中身がズタボロでパッとしないメンタルアンヘルシーな人生を送ってきたので、他人から見て「うわぁww可哀相~wあんな人生送りたくない(笑)」と言われるであろうことはとてもわかります。とても。

 

だからまぁ何度か、祖母から「かわいそうに」って心の底からマジモード(何だそれ)で言われたことがあります。

そりゃ言うよ。

でも毎回、かわいそうに、かわいそうに、と言われると、自分がより一層惨めなイキモノであるように感じられるわけです。

なんか、そこまで凹んでない(既に感情が死んでたからでもありますが)のに、かわいそうにと言われると、マイナス10ポイントが付与されてトドメを刺されるというか。立ち直りが遅くなると言うか。

 

というわけで、私は他人に対して、「かわいそう」とは言わないようにしてきました。

ただ、言葉として言ってないが内心はそう思ってるというのが。

ちょっと。

 

私はバリバリのアダルトチルドレン(元 と言いたい)なので、

気を抜くとすぐ、

「~さんのためにも、良い子でいなければならない。嫌でも…しなければ」

「私が…したら~さんが悲しむだろうから、私は…したくてもしてはいけない。全部私が我慢すればいい。~さんが望んでいるのは何だろうか」

という思考で動いてしまう。

(あるいは「私はいない方が良い 邪魔したくない 消えよう」という方向)

 

でもこれは、

「私が…してあげなければ、相手がかわいそうだ」

って思ってるってことでもあるのです。

 

相手の気分が悪くなったら、傷ついてしまったら、かわいそう。

 

私が言うことをきかなくなったら、かわいそう。

 

これは、相手を思い遣っているというより、

そんな状態になる相手が哀れで可哀相で、見ていられないから、

私が言うことを聞いて助けて支えてあげなきゃいけない……

というような気持ちから来ている、気がする。

勝手に相手を「かわいそう」なイキモノに仕立てて、上から目線で助けてやろうという感覚が内心ではあるわけですね。

 

何様なんじゃワレェ!!!!

という奴です。 

 

どんな行為・思考にもプラスの面とマイナスの面があります。

「優しさ」「思いやり」も、度が過ぎると毒にしかならない。

 

いやー。。。。やっぱ染みこんでた。染みついてた。骨身に。

しゃーないですね。

ただ私の生き方とは合わないので外していかないといけない。

母性的な何かを発揮して多人数を世話していかないといけない場合はこういう思考は役に立ったのかもしれないし、そう思わないとやっていられなかったのかもしれないが。

(「可哀相に、私が居なきゃ何も出来ない…」と、仕えつつ、どっぷり支配して、何とか心を満たす)

 

身軽に生きたい。

 

とはいえ、どこまでいってもそれぞれが身勝手で我が儘な「俺は!これを!したい!何が何でも!」という欲望を発してぶつけ合うカオスなパワーゲームの世界であり、そうやって生きていくしかないのかもしれません。

 

もう少しでいいから…………………この世界が人の生きやすい設計になるといいんですけどね。

システムとか常識とかそういう土台からイマイチすぎるので、そこから何を建てようとナナメってしまう気がする。